うん、あります。
正確には辛いっていうのは味覚ではなくて、痛覚だけども。
苦いっていうのは、もともとは毒物が持つ味だということで、動物でもヒトでも生まれた時からその味を嫌う仕組みが備わっている。
有名な実験で、ヒトの赤ちゃんに苦い味をなめさせると嫌そうな顔をして、甘い味だったら嬉しそうな顔をするというのがある。
だから、味覚の研究している人は、自分の赤ちゃんで実験してみて、奥さんに怒られたっていう話はよく聞きます(笑)。
―でも、子供の頃は嫌いでも、大人になったら、苦い食べ物でも食べられるようになりますよね?
なんでやろうね?
それももちろん不思議なことで知りたいとは思うんだけど…。
もちろん学習というのもあるんだろうけども、実験では苦味は何回やっても好きにはなってくれなくて。
たとえば、薬を使って体内から塩分を排出させてやると、普通だったら嫌がる塩っ辛い味の濃い食塩水も飲むようになるから、好きになっているようには見える。
でも、苦い味は何やっても嫌う。
で、じゃあなんで人間は?と考えると、「大人になったと見られたい」とか「大人になったらお酒ぐらい飲めないと」みたいな、きっと社会的・文化的な環境とかも関係していると僕は思ってる。
たとえばコーヒーも、最初は皆コーヒー牛乳からのスタートで、それがだんだん牛乳の量が少なくなっていって、ある日ブラックを飲むようになる。
だから、そこはやっぱり長い時間をかけての学習があっての変化かなと。
だから、環境が変わらないと嫌いなものは嫌いなままだと思うよ。
―苦くても、あとは酸っぱくても、体に良いから食べなさいって言われるけど、さっきの話では苦味は体に悪いから拒絶するんですよね?
薄い酸味なら、酢の物とかお寿司とかも好んで食べるように、酸味は強いか薄いかで好みが分かれる。だから、動物も薄い酸味なら食べる。
苦味は、植物に含まれていることが多いけど、それらは生で食べるとアクが強くて体に悪い。
▲インタビューの様子
でも、まぁ難しいところで、調理すればある程度苦くても栄養素を豊富に含んでいるから、野菜とかは特にそうだけど、食べなさいと言われればしょうがないよね(笑)。
だからまぁ、食べ物の苦味は純粋な苦味ではなくて、味付けもしてあって、ほんのり苦いとか、旨味や甘味もあったりとかするから食べられるんじゃないかな。
まぁ、苦いから良いってわけではないとは思うんだけど。
●夢
―この研究の応用はどのようになされていくんですか?
あー…最近は応用を考えなきゃいけないとかよく言われるけど、正直僕は何も考えていないというのが本音です。
というのは、基礎研究というのは好奇心があって追究していくのが大事で、だからと言って何をやってもいいというわけではもちろんないけど、役に立つことじゃないとあかんっていうのだったら、おもしろくないしね。
ただ、自分の出した成果を誰かが利用することによって、応用面で役に立つのであればそれは良いことだし。
でもきっとそれは、いろんなものが蓄積されてそうなっていくものだから、目に見える形で自分のやったことを役立てるというよりは、自分のやったことを成果として発表していくことが大事かなと。
あと、僕の興味としては、味覚嫌悪学習をもっと広げて、食べたり飲んだりといった行動の制御というか、どうやってそれがなされるのか、特に味覚や嗅覚の情報が脳や体でどのように処理されているのかを調べたいと思っています。
それが結果的に拒食症治療とかの臨床的な面につながっていけばいいかなと思います。今のところは。
いつか大きな夢を語りたいと思います。
―ぜひ今の時点での夢を語ってください!
今の時点の夢?!
そりゃ、ノーベル賞を取りたいっていう邪心?はあるけれども。
―おぉ!!
まぁ、いろいろ段階を経て、NatureとかScienceとかの有名な科学雑誌に載るような研究結果を出して発表したいというのもあるけど。
でもやっぱり具体的な今の研究の夢っていうのは、さっき言ったような体全体での食べたり飲んだりという行動のメカニズムを明らかにしたいと思う。
ただ、それは目標というよりも、もっと遠い、生きてる間に解明できるかどうか分からないような複雑なメカニズムだと思うけど、それをいつか引退する時にひとつの大きな絵として描けるようになりたいというのがひとつの夢としてはあります。
●感想
私が普段ギモンに思っていたことは、学術的にも未だナゾで、味覚には分からないことだらけだということに驚きました。人間にとってだけでなく、すべての動物にとって欠かすことのできない「食べる」という行動には、身近だからこそ明らかにしきれない“生命の根源”があるのではないか、と感じさせられました。
そんな味覚に向き合う乾先生には、今回無茶な質問をいろいろと投げかけてしましましたが、先生は優しく丁寧に答えてくださって、非常に有意義なインタビューとなりました。乾先生には改めてここに感謝いたします。
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